「鏡のむこうの最果て図書館」冬月いろり

概要

鏡のむこうの最果て図書館
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第25回電撃小説大賞《銀賞》受賞作。~2/8までサイト上で試し読みが行えますので、読んでみました。

あらすじ

《最果ての図書館》の館長、ウォレスには記憶がなく、まるで人形のように無口で無感情なメイドのリィリと、図書館が生んだ魔物とともに、誰も来ない図書館を管理していました。そんなある日、屋根裏部屋の大鏡が、《はじまりの町》の魔女見習い、ルチアとつながります。彼女にいわれ、勇者を手助けすることにしたウォレスは、しだいに勇者と魔王の争いにまきこまれてゆくことになります。

感想

本作のまとう雰囲気は童話に近いです。勇者と魔王の登場する王道ファンタジーの、裏側での知られざる活躍を描いたもの、というあらすじや、語り口、登場人物のかかえる悩みなども童話の雰囲気をもっています。

まず面白いのは本作の設定です。本作では《空間》が意思をもち、魔物を生み出したりもします。そして、そんな《空間》の一つである図書館は生み出した魔物をつかって、世界中から本を集めているのです。

ところでこの《空間》は、必ずしも友好的とは限りません。というか、世界には敵対的な《空間》のほうがおおく、人間は、友好的な空間をえらんでくらしています。

 むやみに《空間》を侵さず、適切な距離を保つことが、この世界を生きる術だ。

つぎに魅力的なのは、本作の登場人物です。それぞれがなにかにしばられており、そこからの解放がテーマになります。

たとえば主人公のウォレスは図書館によって、知識を与えられるかわりに、図書館という場所にしばられています。同じようにして、ルチアも共同体にしばられています。

「……俺は出ていかないんじゃない。出られないんだ」
自身の非を理解した上で弁解を行う罪人のように、ウォレスはルチアから目を逸らした。
「似たようなものだわ。私だって町という共同体に首輪を付けられて、出ていけない。あなたにはわからないと思うけど、共同体で生きていくってことは、その場に居続けるってことなの。穴の中の莵みたいに、温かくて安全で、でも時々息苦しくなる。そんな感じ。だから時々この鏡は、そんな弱虫な私たちに息継ぎさせる、空気穴なんじゃないかと思うことがあるの」

ウォレスはまた、孤独を感じてもいます。魔物に何を聞いてもおどけるばかりで、リィリも一定の距離をおこうとします。来館者すらありません。

孤独だった。友達が欲しかった。想い、想われる存在が。友達がいれば、居場所も存在意義も、そのうち勝手に付いてくるような気さえしたのだった。

こうした思いはだれしももったことがあるでしょうし、その意味で共感できるものです。本は今の時間すら教えてくれず、かえって彼の孤独を深めてしまいます。

この孤独、居場所、存在意義がどうなるのか、という軸と、「勇者と魔王の物語」が二つの軸となって、物語が進んでいきます。

すこし内容に触れた感想

さきにものべたように、登場人物は役割、過去の因縁、自身の執着といったものにしばられています。

しかし、それは意思の力でかえることができる、というのが本書のメッセージだと思います。先ほども引用しましたが、はじめのあたりで、

 むやみに《空間》を侵さず、適切な距離を保つことが、この世界を生きる術だ。

とウォレスは考えていました。しかし過去、魔王が誕生した原因の一つに、そうした諦観があったことなどがあかされると、彼に変化が訪れます。

「足掻けば、なにか変わったかもしれない、か……」

一方でウォレスが行わねばならない選択は、犠牲を伴いかねないものでした。意思による選択には犠牲がともないますが、それを(ときには機智によって)乗り越えることで、はじめて彼らは、縛られた状態から抜け出すことができるわけです。

また、エピローグでウォレスが行う選択も、「意思」によって世界のありかた、感じ方が変わることを傍証していると思います。

また個人的に、本作で一番好きな登場人物がリィリなのですが、彼女の変化についても、ていねいにえがかれています。これについてはある種の犠牲と恢復なのですが、鳥の回復と彼女自身の回復が重ね合わされています。

本作では、そういった登場人物の変化が描かれているのですが、それが一方的な干渉によってではなく、関係性の中の漸進的な変化として描かれています。つまり、相互干渉、ようするに会話やコミュニケーションによって、彼らはかわっていきます。そうした機微がえがかれているところも、本作の魅力の一つだと思います。

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